・『三代』 廉想渉 1932年作 (『삼대』염상섭) 共訳 ー抜粋

(抜粋)

“趙家が栄えるようにだと? ・・・しかし金で買ってきたご先祖様は自分の本当の子孫を助けるに決まっているよ。”

サンフンがかっとなって声を上げ、また言葉を続けようとした時、廊下の奥からご老体の咳をする音が聞こえてきたのでまわりの部屋は静まりかえった。

“おまえら何故騒ぐ?”

怒りを抑えた不満げな鋭い声と共に、向かい側の扉がさっと開いた。室内の若い衆はしぶしぶ立ち上がり、オンドルの焚口近く(上座)に坐っていたサンフンは、遠い方(下座)へ引き下がって立った。

室内には温かい湯気のようにタバコの煙が立ちこめ、ぐずぐずと漂っていた。

“これはまるで煙突の中だな、若い者たちはいったい何でこんなにタバコを吸って、見境いの無いおしゃべりばかりをやり散らすのかね?”

ご老体は室内に足を踏み入れてまずお咎めの言葉を吐いた後 上座へ行って坐り、自分のかっとなる気性を腹の底に鎮めようとするかのように、声の調子を落として

“おまえら、まあ坐れ”

と言って、どんなお小言を言い出そうかと、その場を整えた。ご老体は祭祀を行う広間にお供えを並べておいて、時間を待とうと客間を出たが、そこでいとこ同士の口げんかを黙って聞いていたところ、我慢できなくなって飛び込んだのだ。

“おまえ、どうして来たんだ? 今日は教会に行く日じゃないのか?”

ご老体はかっとなったのを顔に出して、末席にうつむき加減に立っていた息子を睨みつけた。

“とっとと出て行け!ここはおまえが来るところじゃない!こいつめ、年も五十になろうものが、若いものたちを前に置いて、分別もわきまえない。何がどうなっているというのだ? ご先祖を金で買った? 買ってきた祖先は自分の子孫だけ助けるって? 全くなってない奴だ!

ご老体は今にも息が絶えそうに、ゼーゼー言いながら首に青筋を立てまくっていた。サンフンはそれでも首をうなだれたまま部屋の隅に立っていた。

“おまえも俺が産ませた子なんだから人間だろう?父母の血肉を受けて生まれてきたのなら、ご先祖様はわかるだろう? 若い者が分別の無いことを言ったら叱って教えてやるのが当たり前だが、おまえは年端も行かぬ子供も及ばないような話をポンポンするから、これは家の中がうまく行くようにするつもりなのか、うまく行かないようにするつもりなのか、いったいなんだこの有様は! ”(内田富夫 訳)

 

老人は、ここで一息入れてから、再びキンキン声で怒鳴った。

「儂(わし)が死んだあとはどうなる 趙家は一体どうなると思ってんだ? 貴様ぁ、出て行け 直ぐ出て行け 何だとぅ、先祖を金で買ってきただと 貴様、そういう話ならお前の父親も他から金で買ってきたということになるぞ! そんな父親なら貴様を助けてやる必要なんか少しもないわい! 二度と儂の前に顔を出すなさっさと消え失せろ

 老人は右手に持った竹の杖を木刀のように振り上げたり振り下げたり、突き出したり引っ込めたりして振り回しながら、息子のサンフンに、とんでもないことを言う奴だと口汚く罵った。

 老人は、実は、4千ウォンもの金が掛かることも知らずに使ってしまったことを心の中では気に病んでいて、又、先行きも金が入り用なのを心配しているところに、今まで自分が族譜(家系図)のことで苦労してやってきたことに対して、他でもない自分の息子がそんな批判がましいことを話している声が耳に入ったものだから、たまらない。そうでなくても、普段からあれやこれやで息子に腹を立てていた処だ。元々、気に入らない息子なのだ。間が悪いことに、今日は老人の父母の祭祀の日である。クリスチャンで祭祀に反対している長男のサンフンの姿がこの場にあるのを見て、誰しもが今日は黙っていてもどんな騒ぎが持ち上がるかも知れないと危惧していたのだが、運悪く、サンフンの話し声は老人の怒りの火に油を注ぎ、老人を益々怒り猛らせる結果になった。

「違いますよ。違いますよ。サンフン君はそんなつもりで言ったのではないんです。伯父さんの聞き違いだと思いますよ。」 チャンフンは、心の中ではいい気味だと思いながらも、言葉だけは丁寧にお世辞っぽく言った。

「何だと儂(わし)の聞き違いだと 儂の耳が遠くなって聞き違えたとでも言うのか?」

「もう止めてくださいよ、伯父さん。サンフン君があんなことを言ったのは違う意味で言ったのではないでしょうか。金回りの悪いご時世のせいで、一寸動いただけでも直ぐお金が出ていくもんですから、お金の心配をしてそう言ったものですよ。きっと。」とチャンフンはサンフンの為に弁解してあげたつもりで言った。だが、サンフンにとっては自分を殴りつける人よりおせっかいで制する人の方が憎らしかった。

「何で儂(わし)のお金の使い道に口出ししょうとするんだ? お前のお金を使うわけでもないのに何で心配するんだ?儂が自分の金をどう使おうと・・・・・。」

「お父様がなされていることに・・」と、老人が一寸の間罵声を途切らせて煙草を煙管(きせる)に詰めている間に、サンフンがややトーン落とした声で言葉を差し挟んだ。

「・・・お金を使われることばかりを言うのではありません。そんな無駄なことをしていること自体が先ず間違いではないかと言いたいのです。」

「何が、どうして無駄なことだと言うんだ?」 父親は語気を少し緩めて言った。

サンフンは続けて言った。「大同譜所(家系図管理事務所)への支払いだけ見ても、家系図一巻作るのに50ウォンづつ支払えば、3,4千ウォンが余分にかかるわけがないのに、いったいどこにそんな大金が使われたのでしょうか。」

「3、4千ウォンを誰が使ったって?」老人はそう言いながらも、内心、息子の言うことは当たっていて、その通りだと思った。実際、その3,4千ウォンという金は、全部が全部偽の家系図を手に入れるのにかかった金でなく、同じ趙氏の中で後継ぎがいない両班(上流階級)の家系に入れてもらうことにしているのだから、その相手側の中には自分たちの一門一族によそものが入り込んだせいで両班の純度が落ちると言って反対する者も多く、その口を封じるために一部使った金なのである。だから、放蕩息子が自分の遊びに使ったお金をなるべく少なく見せ掛けようとしているのと同じように、老人も実際の額を減らして1千ウォンばかりは使ったとしておきたかったのだ。 余分に使われたのは、偽の家系図売買の中間業者らにこのような弱点を狙われて巻き上げられた金なのだが、老人にとっては、まともなお金をこのような馬鹿げた行為につぎ込んだのも始めてのことであった。(高橋 誠 訳)

 

「そりゃいくらお使いになったってかまやしませんがね、そのようなお金は少しばかり有効にお使いになるとよろしいというお話でございます。」

「下に在りし者、口は在れども言は無し」の時代は過ぎ去ったとはいえ、老いたる親の前ゆえ言葉は丁重であったが、心の中はさにあらずであった。

「どのように有効に使えというのか?貴様の如く、5,6千ウォンも学校につぎ込んで、自ら教えた他人様の娘をたぶらかすことがまともに使う方法なのか?」

先程来、サンフンの言葉が、炉端に座して爆弾をいじくり回すようなもので、冷や冷やしていたのだが、やっと治まりかけた老人の感情に再び火を着けてしまった。サンフンは当惑して顔が赤くなった。

父親の妾の水原宅とキョンエ母娘とは偶然にも同じ故郷だ。キョンエとの関係を最初のうちはうまく騙してきたが、水原宅だけはつてをたどって、キョンエとその母の影すら見たことがなかったものの、噂は聞いていて、それで(サンフンとキョンエの間に)子どもが生まれた後には、家中皆に知れわたるようになった。トッキ(サンフンの息子)自身も、水原宅から大まかに聞かされて知った話だ。しかし、そのことでサンフン夫婦間で何度か喧嘩があったほかには、老人も今の今まで目をつぶってきたのであり、キョンエが住んでいるプンミチャンジョンの家に対しても父親があれこれ言うことがなかったので、今や皆々の衆の前で、息子について、学校に金をつぎ込んで、教え子のような娘を誘惑したという話を持ち出すのを聞いてしまうと、いかに父親が腹いせに吐いた言葉だと言え、聞くに堪えない恥ずかしさで、父子間とは言えどもあまりに恨めしかった。(近藤德訳)

 

「お父様はあまりにもひどいことをおっしゃいますが、どうしたってこの世にはなすべきことが山のようにあるのです。教育事業、図書館事業、そのほかにも今は朝鮮語辞典編纂をするのに、、、」

サンフンは用心しながらも気持ちを和らげて、話題に上ったついでに、きちんと言うべきことはすべて言ってしまおうと話を続けたところ、また雷が落ちた。

「聞きたくもない! 誰がお前なんぞの説教を聞くものか?さあ、出て行け!」

「ともかくお話します。過ぎたことはともかく、この時勢に祖先のお墓にお金を次ぎ込むようなことがあり得ますか。それだけならまだしも今の時代に書院を建てて儒生たちを呼び寄せるおつもりですか。金も金ですが、今の時代に果たしてそぐうことでしょうか?」

サンフンは 先ほどより少し語気を強めて反対した。

「つべこべ言うな!こいつ、出ていけと言っているのにどんどん調子に乗りやがって。わしが何をしようとお前がしったことか。わしが死んだら硬貨の一枚でもお前に残してくれるとでも思っているのか? 心配するな。お前が今後、餓えて死にそうになっても、ビタ一文出さないからな。お前はいなかったことにするから…。お前たちもよく聞いておけ。」と言って、座中を見回しながら話を続ける。(藤間&村島 訳)

「私の財産はいくらもないが、半分はトッキに譲ってやるつもりだ。その他残りは私が使いたいことに使って、残ったら公平に分けてやるつもりだ。公証人を立てたり弁護士を呼んだりして後始末をするから、お前は今後一切他人になったつもりでいろ。わしが死んだらお前が喪に服すのか、喪服を着るのか。」

祖父は実際土地の権利証も次第にトッキの名義に変えていき、半分は自分が使い、その残りは末娘の名義にして譲ってやるつもりだ。もしも、15年長く生きている間に息子が一人増えたとしたら、もちろんその息子の分もとっておくつもりだ。(藤間こずえ訳)

 

これまでも酒に酔ってこのような話をすることは多々あったが、今日は親忌ということで、酒は全く口にしていないこのご老人が、正気で多くの若者らを前にこのようなことを大声で騒ぎ散らすことは初めてだ。まさに、この部屋の中はおろか、この家中で自分の味方となりうる者などは一人もいないのだろうと、サンフンは今更のように孤独を感じ、すべての人を薄情に思った。(横山 訳)

「父母も知らず、女房子供も知らないお前のような奴は、この際、苦労をしてみなければならぬ。わしに金があるから、お前が月に一度でも立ち寄るのだろうが、わしがもし無一文になってみろ。振り返るどころか、高麗葬をやり過ごしかねない奴ではないか。とっとと出ていけ。こいつめ。祖先を借りて来たなんて言う奴は趙家の人間ではない。」

と言って、老人はいきなりすっくと立ち上がり、息子を押しのけ、追い払うように食ってかかった。若い者達はわっと飛びついてそれをさえぎった。

「サンフンは早く出て行きなさい。随分と興奮されているようだから…」

チャンフンはサンフンを板の間へ引っ張り出した。

父はもうろくしたからそうなのか分からないが、若い者たちやわが子の前で、恥ずかしい思いがした。サンフンは居間に戻ることもできず、離れにもトッキと同じ年頃の若者達が集まっており、そこに入っていくこともできない。仕方なく帽子をつかんでかぶり築台へ降りてくると、トッキが離れから出てきて庭に下りて来た。

「離れへお入りください。」

トッキは心苦しそうに、こう父(サンフン)に声を掛けたが、父は黙って出て行ってしまった。(加藤雅子 訳)

 

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